大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 昭和60年(ワ)175号 判決 1987年12月02日

原告

池内正行

被告

黒田正行

ほか一名

主文

一  被告黒田政行は、原告に対し、金一四八四万五一六〇円及びこれに対する昭和五六年六月一六日から年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告黒田政行に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告日新火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告黒田政行との間においては、原告に生じた費用の四分の一を被告黒田政行の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告日新火災海上保険株式会社との間においては全部原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告黒田政行(以下、被告黒田という。)は、原告に対し、金五五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告黒田は、原告に対し、金一七六三万六一四四円を支払え。

3(一)  主位的申立て

被告日新火災海上保険株式会社(以下、被告会社という。)は、原告に対し、請求の趣旨2記載の判決のあることを条件として、金一七六三万六一四四円を支払え。

(二)  予備的申立て

被告会社は、原告に対し、金一七六三万六一四四円を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告黒田に対する請求

(一) 責任原因

被告黒田は、左記の交通事故(以下、本件交通事故という。)を起こし、原告に損害を与えた。被告黒田は、本件交通事故における加害車両(以下、本件加害車両という。)を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、原告の後記損害につき自動車損害賠償法(以下、自賠法という。)三条の責任がある。

(1) 日時 昭和五六年六月一六日午後五時三〇分ころ

(2) 場所 香川県木田郡三木町大字池戸一三八五番地県道

(3) 加害車両 普通乗用自動車

右運転者 被告黒田

(4) 被害車両 原付車

右運転者 原告

(5) 事故態様 追突

(二) 傷害及び後遺障害

原告は、本件交通事故により、右外傷性脳内血腫、脳挫傷、左片麻痺の傷害を受け、昭和五八年九月七日に症状固定となつた。

原告は、左片麻痺の後遺障害が残り、左半身が全く不随となり、左の上下肢各関節の自動運動が全く不能である。そのため、原告は、歩行、洗面、食事、着衣などの日常生活に必要な行為を自力ですることが不可能となつている。

なお、右の後遺症については、自動車保険料率算定会調査事務所によつて、自賠法施行令第二条の後遺障害別等級表の第一級の認定を受けている。

(三) 損害

本件交通事故により、原告の被つた損害は、次のとおりである。

(1) 治療費 金一三一二万〇四一九円

原告は、本件交通事故の日である昭和五六年六月一六日から、症状固定日とされる昭和五八年九月七日まで八一五日間にわたり、入院治療をなした。

(2) 入院雑費 金八一万五〇〇〇円

一〇〇〇円×八一五(日)=八一万五〇〇〇円

(3) 付添看護費 金九五二万九三三〇円

(4) 入院慰謝料 金四〇〇万円

(5) 逸失利益

原告は、本件交通事故当時、大正一五年一〇月一〇日生(事故当時五五歳)の労働能力及び労働意欲を有する男子であつた。原告は、本件交通事故当時は求職中であつたが、本件交通事故がなければ、適当な職業について相応の収入を得ていたはずである。

したがつて、昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の年齢階級別平均給与額を一・〇六七四倍した平均月額金三二万七一〇〇円を下回らない収入を得ていたはずである。

ア 休業損害 金八八八万六二一六円

原告は、本件交通事故により症状固定となるまで八一五日間入院していたため、休業を余儀無くされ、その結果、金八八八万六二一六円の収入を失つた。

三二万七一〇〇円÷三〇×八一五=八八八万六二一六円

イ 将来の逸失利益 金三一一八万五三二一円

原告は、前記後遺障害により、その労働能力の一〇〇パーセントを喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は、昭和五八年九月から一〇年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により、年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金三一一八万五三二一円となる。

三二万七一〇〇円×一二×七・九四四九=三一一八万五三二一円

(6) 慰謝料 金一六〇〇万円

本件交通事故の態様、傷害の程度、後遺障害の程度を考えると、その精神的苦痛に対する慰謝料は、金一六〇〇万円が相当である。

(7) 将来の付添看護費 金四九七七万六三六四円

ア 原告は、前記のとおりの後遺障害があり、一日中付添看護を必要とし、症状固定後、社会福祉法人牧羊会のシロアム荘という施設において、看護されながら生活している。

イ シロアム荘は、社会福祉事業法に基づく法人が、特別養護老人ホーム設置経営の事業に付随して、機能回復訓練施設として、設置経営しているものであり、本来機能回復の余地のない原告が収容されるべきではないのである。

原告がシロアム荘に収容されているのは、社会福祉法人であるために収容に要する費用が低額であり、現在までに近親者に原告を収容できる余裕がなかつたことによるものである。

したがつて、原告は、本来ならば一日金八八〇〇円の看護費を必要とする適正な看護を受けるべきであるのに、低額であるということで、機能訓練所という不適当な収容所において、不自由な生活を強いられているのである(なお、シロアム荘における費用は、当初一日金四〇〇〇円であつたが、昭和六一年一〇月一日から一日金六〇〇〇円となつている。)。

ウ 原告の将来の介護については、原告の子である池内殉次が受け入れの準備をしており、近日中に家屋を改造するなどして、原告を引き取る予定である。

エ 以上のとおり、原告は、症状固定後も看護を必要とし、その適正な付添看護費は、一日金八八〇〇円以上である。

オ 原告は、症状固定時、五七歳であり、今後の平均余命の二四年は生存するものと考えられるから、その間の介護費を新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算定すると、金二二六二万九五六二円となる。

八八〇〇円×三六五×一五・四九九七=四九七八万五〇三六円

(8) 車椅子及び家の改造費 金四〇七万六五〇〇円

原告は、前記のとおりの後遺障害が残り、一日中付添看護を必要とし、その移動には車椅子を利用しなければならない。そのため、原告が将来シロアム荘を出たときには、原告が居住する家屋に大改造を加えなければならない。

そして、車椅子の標準タイプのものは金七万六五〇〇円であり、家屋の修繕費用として金四〇〇万円以上を必要とする。

(9) 弁護士費用 金五〇〇万円

原告は、被告らがその債務を履行しないので、やむなく弁護士に依頼して本訴を提起したものであるが、その費用として、本訴請求額の一〇パーセントに当たる金五〇〇万円を支払う旨約束した。

(四) 損害の填補 金七一二〇万円

(1) 原告は、本件交通事故により昭和六〇年一月二二日までに、次の金員を受領した。

ア 治療費

県立中央病院 金三一八万三三〇八円

屋島総合病院 金五〇一万八五三五円

国保求償分 金四三一万八三四九円

イ 介護費(シロアム荘) 金九七万二〇〇〇円

ウ 被告黒田支払分 金一五万円

エ 付添看護料 金九五二万九三三〇円

オ 雑費その他 金一九万八八〇〇円

(2) 右以外に、損害賠償として、次の金員を受領した。

ア 自動車賠償責任保険(昭和六〇年一月二三日受領) 金二〇〇〇万円

イ 被告会社の自動車保険契約による対人賠償責任保険金(昭和六〇年二月一八日受領) 金二七八二万九六七八円

(3) なお、原告と被告らとの間には、昭和六〇年二月六日、本件交通事故による損害賠償金の一部として、金七一二〇万円の損害賠償義務のあることを認める示談契約が成立し、右示談契約に従つて、賠償義務の履行も完了している。したがつて、被告らは、右既払額金七一二〇万円に相当する部分を本訴訟において争うことはできない。

(五) よつて、原告は、被告黒田に対し、次の各金員の支払を求める。

(1) 前記(三)の(1)ないし(8)の合計金一億三七三九万七八一二円から、(四)の既払額を控除した金六六一九万七八一二円のうちの一部である金五〇〇〇万円に、(三)の(9)の弁護士費用金五〇〇万円を加えた金五五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(2) 前記(三)の(1)ないし(8)の合計金一億三七三九万七八一二円から、昭和六〇年一月二二日までの既払額金二三三七万〇三二二円を差し引いた金一億一〇四二万七四九〇円のうち、金九七八二万九六七八円に対する事故日(昭和五六年六月一六日)から昭和六〇年一月二二日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金一七六三万六一四四円

2  被告会社に対する請求

(一) 請求の原因1の(一)ないし(四)の各事実に同じ。

(二) 主位的請求

(1) 被告黒田は、昭和五六年二月二八日、被告会社との間において、本件加害車両につき、金額五〇〇〇万円、保険期間昭和五六年三月一日から昭和五七年三月一日までの対人賠償の自動車保険契約(以下、本件保険契約という。)を締結した。そして、本件保険契約の内容となつている自家用自動車保険普通約款(以下、本件普通約款という。)第1章5条、6条1項、3項及び11条2項は、別紙本件普通約款(抜粋)記載のとおり規定している。

(2) 本件普通約款第1章11条2項(2)は、同5条の規定に基づき、保険会社の費用により、被保険者の同意を得て、被保険者のために折衝、示談、または調停もしくは訴訟手続(弁護士の選任を含む。)をなすことによつて遅延損害金が生じた場合には、保険会社の故意、過失等の主観的要件を問うことなく、被害者の被保険者に対する訴訟の判決によつて遅延損害金が認められることを条件として、これを保険金額の枠外において支払うことを規定したものである。

右11条2項(2)の趣旨は、被保険者保護にあたるのであるから、形式的文言に拘泥して限定的に解釈すべきではなく、右のように解釈するのが正当である。保険会社が当事者的立場により右5条1項の関与をした場合には、訴訟と折衝、示談、調停等とを区別する合理的理由は見当たらないというべきである。

これを本件についてみるに、被告会社は、本件普通約款第1章5条に基づき、被告会社の費用により、被告黒田の同意を得て同人のために、本件交通事故以降、本件訴訟提起前の昭和六〇年一月二三日の支払日に至るまで、被告会社の従業員及び同社の選任した弁護士木村一三を代理人として、原告と折衝、示談交渉及び調停手続をなし、損害賠償金の支払を遅延してきた。

原告は、被告黒田に対し、請求の趣旨2記載の遅延損害金の請求をしている。

(3) したがつて、原告は、被告会社に対し、本件普通約款第1章6条1項に基づき、右の遅延損害金を直接請求できる。

仮に、右条項に基づく被告会社に対する直接請求ができないとしても、前記のとおり、原告は被告黒田に対し金一七六三万六一四四円の請求権を有しているところ、被告黒田は無資力であるから、原告は債権者代位権に基づき、被告黒田の被告会社に対する前記の本件普通約款第1章11条2項(2)に基づく金一七六三万六一四四円の請求権を代位行使できる。

(4) 被告会社の本件訴訟に対する態度からみて、原告の被告黒田に対する右の遅延損害金の請求が判決により認容されたとしても、原告に対する右の支払につき被告会社の即時の履行は期待できない。

(5) よつて、原告は、被告会社に対し、請求の趣旨2の判決のあることを条件として、金一七六三万六一四四円の支払を求める。

(三) 予備的請求

(1) 被告会社には、本件普通約款に明示されていなくても、本件自動車保険契約から当然要求される保険会社としての注意義務がある。被告会社が右注意義務に違反し、被保険者(被告黒田)に損害を与えた場合には、一般の債務不履行責任が生じることは当然である。

本件普通約款第1章5条において明らかなとおり、保険会社は、被保険者の同意を得て示談代行する場合には、被保険者のためにサービスとして、被害者からの損害賠償請求に対し防御するという契約上の高度の注意義務を負担している。

したがつて、被告会社は、被保険者に対し、同条に基づく示談代行訴訟をなすに至つた場合には、損害賠償金の支払が遅れることにより被保険者の損害(遅延損害金)が増加するのを防止する義務があるのはもちろんのこと、更に、被保険者の負担する損害賠償責任の額が任意保険の責任限度額及び自動車損害賠償責任保険の支払額の合計額を明らかに超える場合には、即時「保険金の投げ出し」をして、その示談代行から離脱しなければならない。

(2) 被告会社は、被告黒田に対し右の注意義務を負担しているのにもかかわらず、原告が昭和五八年九月七日には症状固定となつて、「保険金を投げ出す」場合であるのに、その後、示談交渉や調停手続で漫然とその支払を遅滞した。

そのため、被告黒田は、原告に対し前記の金一七六三万六一四四円の遅延損害金を支払わなくてはならなくなり、右同額の損害を被つた。

(3) 原告は被告黒田に対し金一七六三万六一四四円の請求権を有しているところ、被告黒田は無資力であるから、原告は債権者代位権に基づき、被告黒田の被告会社に対する前記の債務不履行による金一七六三万六一四四円の損害賠償請求権を代位行使できる。

(4) よつて、原告は、被告会社に対し、金一七六三万六一四四円の遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  被告黒田

(一) 請求の原因1の(一)の事実は認める。

(二) 同1の(二)の事実のうち、原告が本件交通事故により脳挫傷等の傷害を受け、左片麻痺の後遺障害が残つたこと、自動車保険料率算定会の高松調査事務所が、右後遺症につき、自賠法施行令第二条の後遺障害別等級表の第一級の認定をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(三)(1) 同1の(三)の(1)及び(3)の各事実は認める。

(2) 同1の(三)の(2)、(4)ないし(6)、(8)及び(9)の各事実はいずれも争う。

(3) 同1の(三)の(7)の事実のうち、原告が昭和五九年六月三日から、シロアム荘に収容され一日金四〇〇〇円の利用料を支払つていたことは認め、その余の事実は否認する。

なお、右の利用料は、食費等の生活費を含むものであつて、全額を介護費とみるのは誤りである。

(四) 同1の(四)の(1)及び(2)の各事実は認め、これを被告の利益に援用する。

2  被告会社

(一) 請求の原因2の(一)(同1の(一)ないし(四))について

(1) 同1の(一)の事実は認める。

(2) 同1の(二)の事実のうち、原告が本件交通事故により脳挫傷等の傷害を受け、左片麻痺の後遺障害が残つたこと、自動車保険料率算定会の高松調査事務所が、右後遺症につき、自賠法施行令第二条の後遺障害別等級表の第一級の認定をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(3) 同1の(三)の(1)ないし(4)、(6)、(8)及び(9)の各事実はいずれも争う。

(4) 同1の(三)の(5)の事実のうち、原告が大正一五年一〇月一〇日生であること、原告が本件交通事故当時無職であつたことは認め、その余の事実は争う。

(5) 同1の(7)の事実のうち、原告が昭和五九年六月三日から、シロアム荘なる施設で生活していることは認め、その余の事実は争う。

なお、右施設の利用料は、食費等の生活費を含むものであつて、全額を介護費とみるのは誤りである。

(6) 同1の(四)の(1)及び(2)の各事実は認め、これを被告の利益に援用する。

(二) 同2の(二)の(1)の事実は認める。

(三) 同2の(二)の(2)の事実のうち、被告会社の従業員及び弁護士木村一三が本件交通事故日以降、昭和五九年一二月一三日の調停不成立まで被告黒田のために示談交渉及び調停手続をなしたことを認め、その余は争う。

(四) 同2の(二)の(3)及び(三)の(3)の事実のうち、被告黒田が無資力であることは認め、その余は争う。

(五) 同2の(二)の(4)並びに(三)の(1)及び(2)はいずれも争う。

三  抗弁

1  被告黒田

(一) 過失相殺

原告は、本件事故当時、ヘルメツトを頭にのせてはいたものの、顎紐をするなどの正式の着用をしていなかつた結果、本件加害車両に衝突された瞬間にヘルメツトがとばされ、その直後に頭部を強く打つたものである。原告は、本件交通事故により外傷性脳内血腫、脳挫傷、左片麻痺の傷害を受けたもので、いずれも頭部の強打が原因となつている。原告がヘルメツトを正式に着用していれば、これによつて頭部が保護され、これ程の傷害を被ることはなかつたはずである。

よつて、原告の損害額を算出するにあたつては、相当程度の過失相殺がなされるべきである。

(二) 損益相殺

原告は、請求の原因1の(四)の(1)及び(2)記載の金員を受領したほかに、本件交通事故により、昭和五八年一〇月以降年額金一七一万〇八〇〇円(毎年増額される可能性がある。)の厚生年金を受領しているので、右金額について損益相殺されるべきである。

2  被告会社

被告会社及び被告黒田の双方は、昭和六〇年一月七日、覚書を作成し、被告会社は、被告黒田に対し、本件普通約款第11条2項の遅延損害金の保険給付をしない旨確認したので、被告黒田は右の保険給付請求権を有しない。

四  抗弁に対する認否

1  被告黒田の抗弁に対する認否

(一) 過失相殺の抗弁について

原告が本件交通事故当時ヘルメツトの顎紐を着用していなかつたことは否認する。

(二) 損益相殺の抗弁について

被告黒田主張の年金を受領したことは認めるが、右年金は損益相殺の対象とならない。

2  被告会社の抗弁に対する認否及び主張

被告会社が抗弁において主張する覚書は、弁護士木村一三が、被告会社及び被告黒田の双方の代理人として作成したものであるから、右覚書による合意は双方代理により無効である。

また、右覚書は、被害者たる原告の正当な権利行使を故意に行使できなくするものであるから、著しい信義則に反し無効である。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一被告黒田に対する請求について

一  請求の原因1の(一)の事実は、原告及び被告黒田との間において争いがない。

同1の(二)の事実のうち、原告が本件交通事故により脳挫傷等の傷害を受け、左片麻痺の後遺障害が残つたこと、自動車保険料率算定会の調査事務所から、右後遺症につき、自賠法施行令第二条の後遺障害別等級表の第一級の認定を受けたことは右当事者間に争いがなく、その余の事実は成立に争いのない甲第七号証の五及び証人池内殉次の証言によりこれを認めることができる。

二  次に、請求の原因1の(三)(損害)について判断を加える。

1  治療費及び付添看護費について

請求の原告1の(三)の(1)(治療費金一三一二万〇四一九円)及び(3)(付添看護費金九五二万九三三〇円)の各事実は、原告及び被告黒田との間において争いがない。

2  入院雑費について

前記のとおり、原告が昭和五六年六月一六日から、昭和五八年九月七日まで八一五日間にわたり、入院治療を受けたこと(請求の原因2の(三)の(3)の事実)は原告及び被告黒田との間において争いがないところ、右の入院雑費としては、一日につき金八〇〇円を認めるのが相当であるから、その総額は金六五万二〇〇〇円となる。

3  逸失利益について

原告が大正一五年一〇月一〇日生であること、原告が本件事故当時無職であつたことは、原告及び被告黒田との間において争いがなく、成立に争いのない甲第一四号証、証人池内殉次の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和五五年に東洋テツクス株式会社を退職し、本件交通事故当時無職であつたが、健康で就職の意思を有していたことを認めることができる。

ところで、前掲甲第一四号証によると、原告の昭和五四年一〇月から昭和五五年一二月までの標準報酬月額(ただし、年三回以下支払われる賞与等を含まない。)は金一七万円であつたことが認められる。そうすると、原告は当時、再就職をすれば、賞与等を含めて、少なくとも年間に右報酬月額の一五箇月分程度の収入(年収金二五五万円)を得ていたものとみるのが相当である。

原告は、本件交通事故がなければ、昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の年齢階級別平均給与額を一・〇六七四倍した平均月額金三二万七一〇〇円を下回らない収入を得ていたはずであると主張するが、原告が本件交通事故当時五五歳であつて求職中であつたことや原告の前記標準報酬月額等を考慮すると、原告の主張するように賃金センサスを基準にして逸失利益を算出するのは相当でないというべきである。

本件交通事故当時、原告には、就職先が内定していた等の事情は認められないものの、健康で就職の意思を有していたことは認められるから、遅くとも三箇月の後には再就職できたものとみるのが相当であるところ、前記のとおり、原告が昭和五六年六月一六日から、昭和五八年九月七日まで八一五日間にわたり、入院治療を受けたこと(請求の原因1の(三)の(3)の事実)は原告及び被告黒田との間において争いがないから、その間の休業損害としては、次のとおり、金五一三万五四一六円を認めるべきである。

一七万円×一五÷一二÷三〇×(八一五-九〇)=五一三万五四一六円

次に、将来の逸失利益について検討を加える。

前記のとおり、原告は本件交通事故当時金二五五万円の年収を得る能力を有していたと認めることができる。そして、原告は、前記後遺障害により、その労働能力の一〇〇パーセントを喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は、昭和五八年九月から一〇年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を新ホフマン方式により、年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金二〇二五万九四九五円となる。

二五五万円×七・九四四九=金二〇二五万九四九五円

以上によると、原告の逸失利益は、合計金二五三九万四九一一円となる。

4  介護費用について

いずれも成立に争いのない甲第九号証の一、第一二号証、丙第一〇号証ないし第一三号証、証人池内殉次の証言(後記採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件交通事故による左片麻痺の後遺障害のため、歩行、洗面、食事、着衣などの日常生活に必要な行為を自力ですることが不可能となり、原告単身での自宅療養は困難な状況になつたが、原告の親族には原告を引き取つて面倒をみる者がいなかつたため、症状固定後の処遇が問題となつた。被告会社から原告との本件交通事故に関する示談交渉等につき委任を受けた弁護士木村一三は、前記のような原告の事情を考慮して、原告を収容できる社会福祉施設を探した結果、社会福祉法人牧羊会が設置経営する機能回復訓練施設「シロアム荘」が見つかつたため、原告は、昭和五九年六月三日、屋島病院からシロアム荘に移り、爾来右施設で介護を受けて生活している。

(二) シロアム荘は、有料の施設であり、利用料(食費を含む。)は当初一日金四〇〇〇円であつたが、昭和六一年一〇月一日から金六〇〇〇円になつた。

(三) 原告の親族が原告を引き取る具体的な見通しは立つていないところ、原告がこのままシロアム荘で介護を受けて生活していくことに特段の支障はない。

以上の各認定事実によると、原告はこれから先もシロアム荘で介護を受けて生活をするものと考えられるので、将来の介護費用としては、利用料金の一日金六〇〇〇円から食費相当分の金一〇〇〇円を控除した金五〇〇〇円を一日に要する介護費用とみるべきである(利用料が金四〇〇〇円のときは、金三〇〇〇円を介護費用とみるべきである。)。そして、原告は本件口頭弁論終結時(昭和六二年七月八日)において、満六〇歳であるから、平均余命は一九年とみて、新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して、介護費用に関する損害を算出すべきである。

そうすると、原告の介護費用についての損害は次のとおりとなる。

(1) 昭和五九年六月三日から昭和六一年九月三〇日まで

三〇〇〇円×八五〇=二五五万円

(2) 昭和六一年一〇月一日から昭和六二年七月八日まで

五〇〇〇円×二八一=一四〇万五〇〇〇円

(3) 昭和六二年七月九日以降

五〇〇〇円×三六五×一三・一一六〇=二三九三万六七〇〇円

右合計 金二七八九万一七〇〇円

なお、原告は、シロアム荘は、社会福祉事業法に基づく法人が、特別養護老人ホーム設置経営の事業に付随して、機能回復訓練施設として、設置経営しているものであり、本来機能回復の余地のない原告が収容されるべきではなく、原告は、本来ならば一日金八八〇〇円の看護費を必要とする適正な看護を受けるべきであるから、将来の介護費用として一日金八八〇〇円を認めるべきであると主張するが、原告の介護費用に関する損害を算出するに当たつては、原告に実際に生じ得べき損害を基礎に考えるべきであるから、原告の右主張は採用できない。

5  車椅子代金、家の改造費について

原告は、原告が将来シロアム荘を出たときには、原告が居住する家屋に大改造を加えなければならないなどと主張して、車椅子代金及び家の改造費に関する損害賠償を求めるが、前記のとおり、原告は単独で自宅療養をすることは不可能であるとともに、原告の親族が原告を引き取ることは困難な状況にあるため、原告は将来にわたつてシロアム荘で生活する可能性が強いといわざるを得ない。証人池内殉次の証言中には、原告の子である池内殉次が将来原告を引き取ることを考えている旨の証言部分があるが、右証言部分は、前掲丙第一〇号証ないし第一三号証に照らし、にわかに採用できない。そして、他に、原告がシロアム荘を退去して自宅療養をする具体的可能性を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、原告の主張する車椅子代金及び家の改造費に関する損害賠償の請求は失当であるといわざるを得ない。

6  慰謝料について

本件事故の態様、原告の傷害の程度及び入院治療の期間、後遺症の程度等を総合勘案すると、原告の慰謝料の額としては、金一五〇〇万円が相当であると考える。

7  よつて、原告の損害は、右の1ないし4及び6の各損害額を合計した金九一五八万八三六〇円となる。

(なお、原告は、原告と被告らとの間には、昭和六〇年二月六日、本件事故による損害賠償の一部として、金七一二〇万円の損害賠償義務のあることを認める示談契約が成立し、右示談契約に従つて、賠償義務の履行も完了しているから、被告らは、右既払額金七一二〇万円に相当する部分を本訴訟において争うことはできない旨主張するが、右のような示談契約が仮に成立したとしても、このことにより、被告らが本件訴訟に関し、原告の主張する損害額に対する認否につき制限を受けることにはならないから、原告の右主張は失当である。)

三  過失相殺について判断を加えるに、原告は本件事故当時ヘルメツトを頭にのせてはいたものの、顎紐をするなどの正式の着用をしていなかつたことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、その余の点を判断するまでもなく、被告黒田の過失相殺の抗弁は理由がない。

四  損益相殺について、判断するに、請求の原因1の(四)の(1)及び(2)の各事実(金七一二〇万円の損害の填補)は、原告及び被告黒田との間において争いがない。

また、原告が、昭和五八年一〇月以降年額金一七一万〇八〇〇円の厚生年金を受領していることは、原告及び被告黒田との間において争いがないから、原告は、本件口頭弁論終結時までに、少なくとも四年分の右年金合計金六八四万三二〇〇円を受領しているものと認めるべきである。

そして、成立に争いのない乙第一号証によると、原告は、昭和五八年一二月に、当時の厚生年金保険法四二条二項に基づき、前記の額の厚生年金の支給の裁定を受けたものと考えられるところ、同法四〇条は、事故が第三者の行為によつて生じた場合に保険給付をしたときは、政府は、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得し、受給権者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府はその限度で保険給付をしないことができる旨規定しており、右趣旨を考慮すると、前記の支払ずみの年金六八四万三二〇〇円については、本件損害賠償額から控除するのが相当であると考える。

以上によると、前記の損害額金九一五八万八三六〇円から、損益相殺として、前記既払額金七一二〇万円及び受領ずみの年金の合計金七八〇四万三二〇〇円を控除すべきことになり、控除後の損害額は、金一三五四万五一六〇円となる。

五  原告が、本訴の提起、追行を弁護士である訴訟代理人に委任していることは明らかであり、本件事案の性質、訴訟の経過等諸般の事情を考慮すると、弁護士費用は、金一三〇万円の限度で本件交通事故と相当因果関係にある損害と認めるべきである。

よつて、以上の損害額の合計は、金一四八四万五一六〇円となる。

六  以上によると、被告黒田は、原告に対し、本件交通事故の損害賠償として、金一四八四万五一六〇円及びこれに対する本件交通事故の日である昭和五六年六月一六日から民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきであり、原告の被告黒田に対するその余の請求は理由がない。

第二被告会社に対する請求

一  主位的請求について

1  被告黒田が、被告会社との間において、本件保険契約を締結したこと及び、本件保険契約の内容となつている本件普通約款第1章5条、6条1項、3項及び11条2項が別紙本件普通約款(抜粋)記載のとおり規定していることは、原告と被告会社との間で争いがない。

2  被告は、被告会社に対する請求の根拠の一つとして、本件普通約款第1章11条2項の規定を挙げているが、同項が、被保険者に対し保険金額を超える額の支払を認めているものは、「本件普通約款第五条に基づく訴訟の判決による遅延損害金」及び「被保険者が当会社の書面による同意を得て行なつた訴訟の判決による遅延損害金」であることは文理上明らかであるところ、本件訴訟が、右第五条にいう「保険会社の費用により、被保険者(被告黒田)の同意を得て、被保険者のために行う訴訟」であることを認める証拠はなく、また本件訴訟が、被保険者たる被告黒田が被告会社の同意を得て行つた訴訟であることを認める証拠もない。そうすると、被告黒田は、本件普通約款第1章11条2項の規定に基づいて、被告会社に本件訴訟の判決による遅延損害金を請求することができないことは明らかである。

原告は、保険会社が当事者的立場により右5条1項の関与をした場合には、訴訟と折衝、示談、調停等とを区別する合理的理由は見当たらないなどと主張するが、原告の右主張は独自の見解であつて採用できない。本件普通約款第1章11条2項の規定は、保険会社が被保険者に対し、保険金額を超えて支払をするという例外的な規定であり、かつ、この場合においては保険会社の故意、過失を要件としていないことなどを考慮すると、原告の主張するような同項の拡張解釈ないし類推解釈は困難であるといわざるを得ない。

3  よつて、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告会社に対する主位的請求は理由がない。

二  予備的請求について

1  前記のとおり、被告黒田が、被告会社との間において、本件保険契約を締結したこと、及び本件保険契約の内容となつている本件普通約款第1章5条が別紙本件普通約款(抜粋)記載のとおり規定していることは、原告と被告会社との間で争いがない。

2  本件普通約款第1章5条1項は、被保険者が対人事故にかかわる損害賠償の請求を受けた場合に保険会社の費用により、被保険者の同意を得て、被保険者のために、折衝、示談または調停を行うことができることを認めている。この場合において、当該保険会社の折衝、示談等の遂行に際し故意、過失等があつて、被保険者に損害を与えた場合には、保険会社は民法上の一般法理により、その損害を填補すべき義務を負う余地があるというべきである。これを本件についてみるに、弁護士木村一三が本件交通事故日以降、昭和五九年一二月一三日の調停不成立まで被告黒田のために示談交渉及び調停手続をなしたことは、原告と被告会社との間で争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証、前掲甲第九号証の一、丙第一〇号証ないし第一三号証及び証人池内殉次の証言を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一) 原告は本件交通事故によつて受傷(昭和五六年六月一六日)後、症状の回復が遅かつたため、症状の固定(昭和五八年九月七日)が遅れた。また、原告は前記の傷害及び後遺症により自力で日常生活を行うことが不可能な状態になつていたため、原告自身を相手にして示談交渉をすることが困難であり、また原告の親族に原告を親身になつて面倒をみる者がいなかつたことが円滑な示談交渉をするための障害となつた。

(二) 昭和五八年五月一〇日、被告会社から委任を受けて、原告に対し、本件普通約款第1章5条1項に定める示談交渉等を行うことになつた弁護士木村一三は、前記のような原告の事情を考慮して、原告を収容できる社会福祉施設を探した結果、社会福祉法人牧羊会が設置経営する機能回復訓練施設「シロアム荘」が見つかつたため、原告の同意のもとに、昭和五九年六月三日、原告を屋島病院からシロアム荘に移した。

(三) 弁護士木村一三は、原告の代理人に原告の子である池内殉次になつてもらうように準備をした上で、被告黒田の代理人として、昭和五九年五月九日高松簡易裁判所に、原告を相手方とする本件交通事故の損害賠償についての調停の申立てをし、調停が開始されたが、昭和五九年一二月一三日調停不成立となつた。

(四) 弁護士木村一三は、被告会社の代理人として、昭和六〇年一月三〇日差し出しの書面をもつて、原告代理人の弁護士荻原統一に対し、本件交通事故に関する損害賠償金の受領の催告をした。

(五) 原告は、昭和六〇年四月一二日、本訴を提起した。

右の各認定事実によると、被告会社としては、本件交通事故に関する原告の損害賠償の問題について早期解決を図るべく努力をしたものと評価することができ、原告との示談、調停等の遂行の過程において、被告会社に故意、過失等があつたということはできない。そして、他に、被告会社が被告黒田のために、原告と示談、調停等を行つた過程において、被告会社に故意、過失等があつたために被告黒田に損害を与えたことを認めるに足りる証拠はない。

3  したがつて、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告会社に対する予備的請求は理由がない。

第三結論

以上によると、原告の本訴請求は、被告黒田に対し、金一四八四万五一六〇円及びこれに対する昭和五六年六月一六日から民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、原告の被告黒田に対するその余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上哲男)

別紙本件普通約款(抜粋)

第5条(当会社による解決―対人賠償)

<1> 被保険者が対人事故にかかわる損害賠償の請求を受けた場合、または当会社が損害賠償請求権者から第6条(損害賠償請求権者の直接請求権)の規定に基づく損害賠償額の支払の請求を受けた場合には、当会社は、当会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、当会社の費用により、被保険者の同意を得て、被保険者のために、折衝、示談または調停もしくは訴訟の手続(弁護士の遅延を含みます。)を行うことができます。

<2> 前項の場合には、被保険者は当会社の求めに応じ、その遂行について会社に協力しなければならない。

第6条(損害賠償請求権者の直接請求権―対人賠償)

<1> 対人事故によつて被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生したときは、損害賠償請求権は、当会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、当会社に対して第3項に定める損害賠償額の支払を請求することができます。

<3> 前条および本条にいう損害賠償額とは、次の(1)の額から(2)および(3)の額を引いた額をいいます。

(1) 被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額

(2) 自賠責保険等によつて支払われる金額

(3) 被保険者が損害賠償請求権者に対してすでに支払つた損害賠償金の額

第11条(支払保険金の計算―対人賠償)

<2> 当会社は、前項に定める保険金のほか、次の額の合計額を支払います。

(1) 前条第4号および第5号の費用

(2) 第5条(当会社による解決)第1項の規定に基づく訴訟または被保険者が当会社の書面よる同意を得て行つた訴訟の判決による遅延損害金

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例